2017年5月1日月曜日

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source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック




 奥行き方向の線が全て消失点という一点に収束するように放射状になっている構図「一点透視図法」など、スタンリー・キューブリック作品の中にはさまざまな撮影手法が取り入れられています。その中で、あまり語られることない「プラクティカル・ライティング」についてキューブリックが残した功績を、YouTubeチャンネルのEntertain The Elkが解説しています。

〈以下略〉

(全文はリンク先へ:Gigazine/2017年4月29日




 この記事にある「プラクティカル・ライティング」ですが、プラクティカルとは「実用的・実践的」という意味です。ただ「実用的照明」と直訳してしまうとピンと来ないと思ったので、私判断ですが噛み砕いた表現としてこれを「現実的照明」と訳し、以前こちらで記事にしました。Gigazineの記事ではこの「プラクティカル・ライティング」の定義を「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」と説明していますが、端的に言えば「ロケであれ、セットであれ、そこに現実にある照明(自然光を含む)をそのまま利用する撮影方法」という意味です。

 キューブリックは旧来ハリウッド映画で行われてきた三点照明を否定していました。キューブリックは報道(ドキュメンタリー)カメラマン出身という特異な経歴を持つ映画監督です。報道カメラマンはスタジオ撮影が主なファッションカメラマンとは違い、報道現場が撮影現場です。当然照明は「今現在そこにあるもの」しか存在しません。フラッシュを使う方法もありますが、キューブリックはフラッシュ撮影に伴う「不自然な写真」を好まず、フラッシュを使うにしてもそれを感じさせない自然な使い方(現在はバウンスライトとして一般化している)を得意としていました。そのキューブリックが映画監督になり、不自然なライトがテカテカと当たりまくる三点照明を好まなかったのは当然と言えます。また、それを強要された『スパルタカス』(不自然な三点照明が頻出する)がいかにキューブリックの意図に反するものかもよく理解できるかと思います。

 ただ、注意して欲しいのはいくら「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」とは言っても、それだけだと実際の撮影時には限界がきてしまいます。自然光だけを使っていれば撮影中に天候や陽の傾きによって色調が変わってしまいますし、ロウソクの光だけではフィルムが感光するだけの十分な光量を得られません。そこでキューブリックは現実そこにある光源を補う形で照明を使用しました。『バリー…』のロウソクのシーンでは気づかれない程度に人工照明を使っていますし、セットでもセットの光源以外に様々な照明をフレームの外から使っています。その一例が下記の動画『Making The Shining』のワンシーンです。14:05のシーンではカメラマンの胸に裸電球を置き、その上に光を和らげるレフ板をかざしています。これは真下から撮ると逆光になってしまい、ニコルソンの顔が暗く潰れて見えなくなってしまうのを防ぐためで、不自然さを感じさせない、ほんの僅かな光をニコルソンの顔に当て、ニコルソンの「顔芸」を撮影しています。このようにキューブリックは、現実そこにある照明をそのまま「利用」(それだけを「使用」したわけではない)した撮影方法を貫き、それは現在のハリウッドでは一般化しました。それを促進させたのがキューブリックの大きな功績の一つと言えるでしょう。




 以上のことが理解できればGigazineの言う「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」という説明に違和感があるのが理解できるかと思います。Gigazineの説明を補足すれば「光源が映像の中に視覚的に現れている状態に見えるよう、見えない位置で補助照明を巧みに使う」というのが正しい説明です。因みに日本の現場では「光源主義」という言葉が使われているそうです(ソースはこちら)。「プラクティカル・ライティング」も「現実的照明」も「光源主義」も同じ意味です。ただ「光源が映像の中に視覚的に現れている状態」という説明が舌足らずであるのは理解していただけるかと思います。

 キューブリックは照明を巧みに操って「作品の世界観」をプラクティカル・ライティングで「リアルに映し撮り」ました。そういった観点からキューブリック作品を楽しむのも一興かと思います。ぜひお試しあれ。