2019年11月11日月曜日

【考察・検証】『シャイニング』でジャックが閉じ込められた食糧倉庫の鍵を開けたのは何者か?を検証する

source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック


CARMET1
ジャックがグレイディの霊と会話するシーン。背後にネイティブ・アメリカンのパッケージのカルメット缶が見える。

CARMET2
ダニーがハロランとテレパシー(シャイニング能力)で会話するシーン。背後にやはりカルメット缶が二人の会話を盗み聞きするように存在している。

 『シャイニング』でホテルに巣喰う悪霊が物理的な作用を及ぼすシーンとして議論の対象になっている、ジャックが閉じ込められた食糧倉庫の鍵を開けるシーン。「物理的な作用」という意味では「誰もいないのに転がるボール」とか「少しだけ開いている237号室の扉」「ダニーを傷つけた誰か」などあるのですが、他の現象と違い、このシーンはその後の展開に決定的な意味合い(ジャックが妻子を襲うことができるようになる)があるので、「リアリティに欠ける」という批判があるようです。

 実はこのシーンは原作準拠なのですが、原作小説は最初からリアリティよりもファンタジー要素が多いのであまり違和感は感じません。しかし映画版では、観客はキューブリックの徹底した「リアル描写」に慣れてしまっているので、どうしても違和感があると感じてしまうようです。キューブリックも当然そのことに気づいていたはずで、どうにかしてこのシーンに「リアリティある説得力」を持たせようとある工夫をしています。

 映画でははっきりとした説明はありませんが、オーバールック・ホテルに巣喰う霊の正体は「ネイティブ・アメリカンの怨霊」です。彼らは自分たちが殺した白人達の幽霊を操ることにより、ターゲットとなる人物(この場合ジャック・トランス)を精神的に追い詰め、自分たちの思惑通りに事を運ぼうとしています。しかし、彼らは絶対に正体を表しません(映像化してしまうと陳腐になるというキューブリックの判断があったのでは?)。ですがそれでは観客にその存在が伝わりません。そこでキューブリックが考えたのは「ある物体(有り体に言ってしまえばセットや小道具)に悪霊の存在を示唆させる」という方法です。それがホテルの内装であり、テニスボールであり、カルメット缶なのです。

 上記のシーン、ジャックがグレイディの霊と会話しています。そのシーンの背後にはネイティブ・アメリカンの悪霊を示唆するカルメット缶が置いてあります。つまりこのシーンは、グレイディなどの幽霊を操っている黒幕はネイティブ・アメリカンの悪霊であり、その悪霊の力によって鍵が開けられたということを示唆しているのです。実はカルメット缶は、物語の前半に食糧倉庫でダニーとハロランがテレパシー(シャイニング能力)で会話するシーンにも登場しています。このシーンは、悪霊にとって特殊能力(シャイニング)を持つ人間は自分たちの存在たちを脅かすので排除しなければならず、その排除対象はハロランとダニーであると気づいたことを示唆しています。だからこそ手下の幽霊たちを使ってジャックに精神攻撃をしかけ、二人を殺すように仕向けました。ですが、悪霊の目的はハロランに対しては果たせたものの、ダニーには逃げられてしまいました。その代わり、ジャックを新たな手下に迎え入れ「永遠のカルマ」の中に閉じ込めた(ジャックも喜んでそれに加わった)のです。

結論:以上のようにジャックが閉じ込められた食糧倉庫の鍵を開けたのは、ホテルに巣喰っているネイティブ・アメリカンの怨霊。その存在を示唆しているのがネイティブ・アメリカンのパッケージで有名なカルメット缶である。

 原作小説にはないこの「ネイティブ・アメリカンの怨霊」のアイデア、キューブリックと共同で脚本を担当したダイアン・ジョンソンは「当初『シャイニング』は人種差別(ネイティブ・アメリカンを含む)も攻撃の的にしていた」と証言しています。しかし「最終的にテーマから外されてしまった」とも語っています。キューブリックは脚本が完成してもそれにとらわれず、撮影中にもどんどんアイデアを加えていくことを考慮すると、当初の脚本ではもっとネイティブ・アメリカンの存在を示唆する台詞が多かったのではないか、と想像しています。しかし、台詞で説明することを嫌がるキューブリックは、その存在をセットのデザインや小道具で表現することにしたのでしょう。公開された『シャイニング』を観たジョンソンが大幅な台詞のカットに気づき、そのことが「最終的にテーマから外されてしまった」の発言に繋がったのではないでしょうか。

 なお、この考察は以前この記事で考察した通り「オーバールックホテルに巣食っている悪霊の正体は、かつてここを聖地としたネイティブ・アメリカンの怨霊」という論に基づいていますので、その点はご了承ください。