source: 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
一流のジャズ・ドラマーを目指す青年と鬼教師が繰り広げる狂気のレッスンを描く壮絶な人間ドラマ「セッション」。J・K・シモンズの超ド級のSぶりが見もの。
名門音楽学校に入学したニーマンは、世界に通用するジャズドラマーを目指していた。鬼教師として名をはせるフレッチャーが率いるバンドにスカウトされたニーマンはこれで成功は約束されたと喜ぶが、ニーマンを待ち受けていたのは、完璧な演奏を求め暴力も辞さない狂気のレッスンだった。フレッチャーを恐れながらも必死でくらいついていくニーマンだったが、より高みを目指すフレッチャーはニーマンをギリギリまで追いつめていく…。
ドラム版「フルメタル・ジャケット」と評される、トンデモ系のスポ根音楽映画だ。いや、むしろ戦争映画、いやいや、これはすでにホラー映画の域かも。何しろ鬼教師を演じるJ・K・シモンズのドSっぷりがすさまじい。ニーマンを自分のバンドにスカウトし喜ばせるかと思えば罵声を浴びせて奈落の底に突き落とす。休憩時間に優しく話しかけるかと思えば、練習が始まれば楽器を投げつけるなど、しごきを越えていじめかと思うほど。手から血を流しふらふらになりながらドラムをたたくニーマンの姿に思わず唖然となる。ここには音楽の喜びや創造の崇高さはなく、妄想と恐怖のブラックホールのような空間があるのみ。ニーマンとフレッチャーが対決するクライマックスには、さらなる狂気が待ち受けているのだ。だが、常軌を逸した底意地の悪さでニーマンに復讐を仕掛けたフレッチャーに対し、ニーマンのドラム魂が火を噴いたその瞬間に、あぁ、やっぱりこれは音楽映画なのだと改めて思った。常識という枠を離脱し、一線を越えたものだけが到達する音楽的至福を、確かに目撃するだろう。地味な脇役だったJ・K・シモンズはオスカー受賞も納得の怪演、ほとんどドラム演奏経験がないマイルズ・テイラーの熱演も見事。何より1985年生まれの若き監督デイミアン・チャゼルの剛腕に驚かされた秀作だ。
名門音楽学校に入学したニーマンは、世界に通用するジャズドラマーを目指していた。鬼教師として名をはせるフレッチャーが率いるバンドにスカウトされたニーマンはこれで成功は約束されたと喜ぶが、ニーマンを待ち受けていたのは、完璧な演奏を求め暴力も辞さない狂気のレッスンだった。フレッチャーを恐れながらも必死でくらいついていくニーマンだったが、より高みを目指すフレッチャーはニーマンをギリギリまで追いつめていく…。
ドラム版「フルメタル・ジャケット」と評される、トンデモ系のスポ根音楽映画だ。いや、むしろ戦争映画、いやいや、これはすでにホラー映画の域かも。何しろ鬼教師を演じるJ・K・シモンズのドSっぷりがすさまじい。ニーマンを自分のバンドにスカウトし喜ばせるかと思えば罵声を浴びせて奈落の底に突き落とす。休憩時間に優しく話しかけるかと思えば、練習が始まれば楽器を投げつけるなど、しごきを越えていじめかと思うほど。手から血を流しふらふらになりながらドラムをたたくニーマンの姿に思わず唖然となる。ここには音楽の喜びや創造の崇高さはなく、妄想と恐怖のブラックホールのような空間があるのみ。ニーマンとフレッチャーが対決するクライマックスには、さらなる狂気が待ち受けているのだ。だが、常軌を逸した底意地の悪さでニーマンに復讐を仕掛けたフレッチャーに対し、ニーマンのドラム魂が火を噴いたその瞬間に、あぁ、やっぱりこれは音楽映画なのだと改めて思った。常識という枠を離脱し、一線を越えたものだけが到達する音楽的至福を、確かに目撃するだろう。地味な脇役だったJ・K・シモンズはオスカー受賞も納得の怪演、ほとんどドラム演奏経験がないマイルズ・テイラーの熱演も見事。何より1985年生まれの若き監督デイミアン・チャゼルの剛腕に驚かされた秀作だ。
【75点】
(原題「WHIPLASH」)
(アメリカ/デイミアン・チャゼル監督/マイルズ・テラー、J・K・シモンズ、メリッサ・ブノア、他)
・セッション@ぴあ映画生活