2015年12月11日金曜日

わたしはマララ

source: 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評


「わたしはマララ」オリジナル・サウンドトラック
1997年、マララ・ユスフザイは、詩人で学校の経営者である父と、文字の読めない母の長女として生まれた。パキスタンのスワート渓谷で育つが、やがてこの地はタリバンの支配下に置かれる。マララは、実名を伏せて、BBC放送のブログ上で、タリバンの圧制による実情と女子教育の必要性を訴えたが、身元が割れてタリバンの標的に。15歳のときに下校途中に友人とともに銃撃されてしまう。一命をとりとめた彼女は英国で治療を受けリハビリをこなした後、屈することなく、世界規模での活動を続けていく…。

2014年に史上最年少17歳でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイの素顔に迫るドキュメンタリー映画「わたしはマララ」。マララという名前は、民族の英雄である少女マラライにちなんで付けられた名前だ。イギリスに侵攻されたアフガニスタンを救うため「奴隷として百年生きるより、獅子として1日を生きたい」と叫んだという勇敢なマラライは銃弾に倒れ命を失ったが、マララは強い生命力で蘇る。現在はイギリスで暮らすマララは、素顔は普通の女の子だ。兄弟たちとふざけあい、学校では異邦人として少し緊張し、ブラッド・ピットのファンだというマララの姿には、親近感を覚える。女子教育を訴える世界的な活動家になったきっかけは、おそらく教育者である父の影響だろう。父親へのインタビューで名前の由来や、娘の特別な資質を認める発言はあっても、マララが児童教育への強い情熱を持つにいたった経緯が分かりにくい。彼女の情熱の源を、もう少し詳しく掘り下げてほしかった。それでも、マララの強い意志と世界をまたにかけて活動するバイタリティには頭が下がる。しかも山岳地帯の素朴な村で育った少女が、時にメディアを利用して声を拡散するしたたかさまで身につけているのだ。誰もが彼女と同じ行動を起こせるわけではない。ただ、タリバン武装勢力から今も命を狙われながら、1本のペンが世界を変えると力強く宣言する少女マララ・ユスフザイと同じ時代に生きていることを、誇らしく感じるはずだ。
【60点】
(原題「HE NAMED ME MALALA」)
(アメリカ/デイヴィス・グッゲンハイム監督/マララ・ユスフザイ、他)
(不屈度:★★★★★)
チケットぴあ

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わたしはマララ@ぴあ映画生活