source: 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
ポルトガルのドウロ河流域の小さな町。ここに暮らすカメラが趣味のユダヤ人青年イザクは、ある富豪からの依頼を受け、亡くなったばかりの美しい娘アンジェリカの写真を撮影することになる。屋敷に出向き、カメラを向けると、白い死に装束に身を包み、花束を手に抱えて横たわる死んだはずの美しい娘アンジェリカは、突然、まぶたを開き、ファインダー越しにイサクに微笑みかけた。それ以来イサクは彼女に心奪われ恋におちてしまう…。
2015年4月2日に106歳で他界したポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラによる幻想的な恋物語「アンジェリカの微笑み」は、日本の怪談「雨月物語」を連想させる不思議な純愛物語だ。死んだはずの美女に恋する青年が、この世とあの世の境界線をふわりと超えていく手段として使われるのは、一瞬を切り取る写真。絶世の美女アンジェリカをとらえるそのカメラは、葡萄畑を耕す農民たちの素朴な姿をもとらえる。ここでも生と死がごく自然に入り混じっている。印象的なのは、イサクとアンジェリカが抱き合ったまま幸福感いっぱいに空中を浮遊するシーン。ハイ・クオリティなCG全盛のこの時代に、無声映画のようなレトロでキッチュな特撮(トリック撮影だが、あえて特撮と呼びたい)のモノクロ映像は、時代や場所、常識さえも飛び越えて、いつの間にか見る者を幻想の世界へと導いていく。100歳を越えた巨匠が最後に残したのが、こんな甘美なラブ・ストーリーだとは。この不可思議な世界観は唯一無二のものだ。「アブラハム渓谷」でも描かれていた、監督の故郷である古都ポルトのドウロ河流域の美しい情景が、もうひとつの主人公のように記憶に残る。
【65点】
(原題「THE STRANGE CASE OF ANGELICA」)
(ポルトガル・西・仏・ブラジル/マノエル・ド・オリヴェイラ監督/リカルド・トレパ、ピラール・ロペス・デ・アジャラ、レオノール・シルヴェイラ、他)
・アンジェリカの微笑み@ぴあ映画生活