source: 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
1926年デンマーク。風景画家のアイナー・ヴェイナーは、妻で肖像画家のゲルダから、女性モデルの代わりを務めるよう頼まれる。その日をきっかけに、アイナーは、自分の内側に潜んでいた女性の存在に気づく。リリーという名の女性として過ごす時間が長くなったアイナーは、心と身体が一致しない自分に困惑するようになる。一方、妻ゲルダは、夫が夫でなくなっていくことに戸惑うが、次第にリリーとして生きたいというアイナーの願いに理解を深めていく。やがて移住先のパリで、心身ともに女性になる手術を受ける決心をするアイナーだったが、それは命の危険を伴うものだった…。
世界ではじめて性別適合手術を受けたデンマーク人、リリー・エルベの実話を描く「リリーのすべて」。1920~30年代には、性別に対する違和感や手術への理解はほとんどなく、精神疾患の病気とさえ思われていた。そんな時代に、自らの性をみつめて勇気をもって行動した主人公は、トランスジェンダーとしてのパイオニアだ。だが「英国王のスピーチ」のトム・フーパー監督は、単なる伝記映画やジェンダー・ムービーにはしていない。特異な状況ながら、深い部分で理解し合い、支え合った夫婦の物語に仕上げているのだ。このアプローチが素晴らしい。心と体の性が一致せずに戸惑い葛藤するアイナー(リリー)を演じるエディ・レッドメインの官能的な演技はもちろん素晴らしいが、本作で見事にオスカーを獲得したアリシア・ヴィキャンデルの演技は、さらにその上をいく。何しろこのゲルダという役柄はあまりにも複雑だ。妻としては、男性である夫アイナーを愛している。だが画家としては、自分にインスピレーションを与えて成功に導いてくれた女性リリーを必要とする。相反する感情を抱えながら、人間として、アイナーが性別適合手術を受け、アイデンティティーを確立しようとするのを応援するにいたるのだ。ゲルダの存在は、とてつもなく大きな愛を持つ母性そのものである。そんなゲルダの成長を、繊細さと悲哀、そして力強さをもって演じ切ったヴィキャンデルの熱演こそが、本作を高みに引き上げている。互いに一番の理解者となった夫婦の物語に、深く感動する秀作だ。
【75点】
(原題「THE DANISH GIRL」)
(英・独・米/トム・フーパー監督/エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、 ベン・ウィショー、他)