2019年6月28日金曜日

【ブログ記事】2019年6月16日、ロサンゼルス「エジプシャン・シアター」で上映された4K版『シャイニング』の現地レポート[その2]レオン・ヴィタリの質疑応答

source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック


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登壇し、質問に応えるレオン・ヴィタリ(一番左)

 2019年6月16日、ロサンゼルスの「エジプシャン・シアター」で4K版『シャイニング』が上映され、その冒頭でキューブリックの制作アシスタントだったレオン・ヴィタリの質疑応答が行われました。以下はその翻訳です。非常に濃い内容で、多くのファンにとって貴重なソースになるのではないかと思いますので、ご紹介いたします。



── シャイニングの撮影に当たって独自の、もしくは難しかったセッティングはありますか?

 全てです(笑)。スタンリーは「簡単なショットというものなど存在しない」とよく言っていました。ジャックがゴールドルームにいるシーンはとても振り付けが難しかったです。しかし全てのショットが難しかったと言えます。我々はよく「神は細部に宿る」と同じように「悪魔も宿る」と考えていました。抗えないのです。

── ジャックが野球バットで殴られるシーンは127回撮影したという噂がありますが本当ですか?

 いいえ。それはバットシーンでなく、ダニーとスキャットマンがキッチンにいるシーンの撮影の時です。

── ワオ、その時のクルーの反応は?みんな(スタンリーが)多テイク撮ることに理解をしていましたか?

 もちろんです。よく誤解されるのが「何度も撮影するためだけに撮影する」のではなく、その時たくさんの直すべき問題があったのです。例えば、役者を演技していることから脱却させる必要があったからです(※何度も何度も同じシーンを撮っていると役者は慣れて自然な演技になってくるということ)。それがスタンリーにとって一番大事なことだったのです。

── 私も役者なのでわかるのですが、ジャック・ニコルソンにとって、演技から「抜け出る」ことなど可能なのですか?それともそういうことより複雑なプロセスだったのですか?

 つまり、時間と反復ということです。私が『バリー・リンドン』で初めて演技をした時、スタンリーはカメラと機材担当だけを残してよくこう言っていました。「自分が今からやろうと思っていることをそのままやってみて。ただしカメラを意識して。君の立ち位置はこれより少し高くなるから」と。つまりその場でアドリブで演技してみると、キャラクター自身になりきれたのです(※これについてはニコール・キッドマンも同様の発言をしている)。それと同じことです。カメラレンズについても同じことが言えました。何度も違うレンズを試しているとそのシーンに最適なレンズサイズがわかってくるのです。

── しかしそれには下準備が大切だったでしょうね。撮影が系統的になるでしょうから。

そうです。

── 複数のカメラを使用していましたか?

 いいえ、複数使用したのはジャックがバットで殴られて階段を転げ落ちるショットのみです。それ以外はカメラ一つのみです。

── キャスティングについて教えてください。

 ダニーのキャスティングのためにシカゴに行きました。なぜなら中西部のニュートラルなアクセントが欲しかったからです。滞在6ヶ月目には5000人の子供たちのオーディションをしました。素晴らしい体験でした。よく部屋に入ってきた瞬間最適な人がわかるというでしょう。それと似たことがありました。何とダニーは子供たちの中で一人だけ家に帰りたかった子なのです。それで私は膝をついて見つめあって「とりあえずやってみようよ!君ならできるよ!」と言いました。彼の兄(弟)とお母さんも「ダニー、やってみなさい」と言って、5分くらい説得しました。そしたらやっとダニーは立ち上がって、私の手を取ってオーディションの部屋まで一緒に行きました。椅子に座ると彼は「おじさんのスーツ、すごく素敵だね!」って言ってくれました(笑)。それからはお互いずっと喋りっぱなしです。

── 撮影でもずっと一緒だったのですよね。どうやってダニーにトラウマな経験(※ホラーシーンのこと)をさせのですか?

 ダニーにはホラーシーンとは一緒に映さなかったのです。いつも別々に撮影しました。彼が見るものは全て、彼が想像しなければならなかったのです。ダニーは素晴らしい役者でした。シーンのリハーサルを終える頃には、つまり撮影の合間に二人でリハーサルをしていたのですが、役を掴んでいました。彼はたった4歳でした。驚くべきことです。

── 彼は「レッドラム」の本当の意味を知っていましたか?

 はい。知ってました(一同笑)。

── 双子をどうやって見つけたかお聞かせ願えますか?

 オリジナルでは姉妹ということでした。双子ではなかったのです。しかし問題がありました。一人の女の子がよくても、もう一人の姉、もしくは妹がダメだったりして、全く見つからなかったのです。そうすると、オーディション最終日にあの双子が現れたのです。とても奇妙なルックスで、ぴったりだと思いました。すぐにビデオに撮り、すぐそばのセットで撮影中のスタンリーのところに走り出しました。「スタンリー!スタンリー!彼女らを見つけた!見つけた!」と言いました。スタンリーはビデオを見ると「確かに、見つけたね」と言ってくれました。それで終わりでした。「予想外の大発見」というものはあるものなんです。

── 映画が公開された時、あまり評判はよくなかったと聞きましたが?傑作なのは間違いないのですが、批評家たちの評判が良くありませんでした。スタンリーは時間が解決すると思っていましたか?

 と思います。批評家の反応は気にしていなかったと思います。というのも彼は今まで誰も観たことのないホラー映画を作ったのですから。彼が作ったものはより本能に訴えかけるサバイバルもので、フランケンシュタイン映画のような当時流行のびっくり驚かす系のホラー映画とは違うものです。『アイズ ワイド シャット』でも同じでした。しかし、我々はプレスによって散々叩かれました。ここアメリカでも、イギリスでも。でも今ではみんな私のところに来て「素晴らしかったです。愛してます」と言ってくれるのです!(一同拍手)『バリー・リンドン』もそうでした。

── 多くの下準備があったと思いますが、撮影前にあなたとキューブリックはどのように計画するのですか?

 プリプロダクションに一年かけます。一年もしくは、それ以上が撮影。そして約一年が編集、ポストプロダクションです。映画一本に3プラス数年ということになりますね。『2001年宇宙の旅』は5年以上かかったでしょう。猿のシーンは最後に撮ったのです。全てが系統的でした。推測に基づいて何かが行われるということは絶対にありませんでした。もし何かを変えたら、その後から問題が出てきたりしてしまいますからね。彼は脚本に対してオープンでした。

 彼が考えていたものと全く違ったものができたこともありました。最初とは違うものになったことも。自発性が必要不可欠なのです。スタンリーは「これじゃあダメだ、うまくいかないよ」ということを恐れませんでした。彼はいつも人々のアイデアにオープンでした。有名なダニーがホテル中をサイクリングするショット。あれは2時間にも及ぶ「あーダメだ。これはうまくいかないよ」ということの繰り返しだったのです。しかしある時「待てよ、ステディカムのポールを逆さまにして撮ったらどうだろう?そしたらカメラはかなり下から撮れる」という話になり、さらに私たちが絨毯の上を走る時にその音が問題になりましたが、上に乗り上げる時の音が案外いい音だと気付いたりしました。結局絨毯の音はとてもいいものになりました。

── ネタバレしたくはないのですが、別のエンディングがありますね。そしてそれはカットされた?

 はい。

── それはいつ決めたのですか?カットに至るまでのスタンリーの過程をお教えいただけますか?もう劇場で上映されていたのでしょう?

 彼が自分の手で編集している時です。彼はエンディングがやりすぎで、鼻につくと思ったのです。映画の中のある種の謎、オーラを取ってしまうことになりますからね。それで彼は決めたのです。問題はすでにフィルムが上映されていることです。そこで編集者を各映画館に派遣して「切った」のです。(笑。(※上映後カットされたシーンについてはこちら

── ワーナーブラザーズはそれについて何か言っていませんでしたか?

 特に何も(一同笑)

── 脚本と、最終的に映画に残ったものについて話されました。有名なドアの間からの「Here's Johnny!」のシーン、あれはヤン・ハーランによって生き残ったのですか?

 はい。ヤンです。ヤンとスタンリーが撮影中に書いたのです。前に言ったように、スタンリーはアイデアにとてもオープンだったのです。

── スタンリーの才能、チームへの関係、信頼が生み出したものですね?それがこの映画を素晴らしいものにしています。彼の全ての映画がそうです。

 その通りです。

── 完璧への追求

 そうです。

── 編集する前から、撮影している時にはシーンがどのようになるか完璧に知っていた?

 編集するときと同じように、撮影にも挑戦していました。

 スタンリーと役者として一緒に仕事することは素晴らしいことでした。普通は自分の仕事をこなし、そして去る、それだけです。私のアシスタント時代のスタンリーとの経験は、仕事をする、そして留まる!(一同笑)創造性が大切でした。そしてそれが本当に一番やりがいのある経験でした。今は劇場用のスタンリーの映画をBDなどに移行する仕事をしていて、200回、400回も同じ映画を観ることになりますが、いつも素晴らしいです。家でテレビで彼の作品が放映される時もそうです。映画の中盤あたりだろうが終わりであろうが関係ありません。観てしまうのです。

── 映画のプロット、ストーリーなどに惹かれて見てしまうのですか?それとも関係ないこと?それとも昔の思い出が溢れてくるとか?

 そうです。時には昔の記憶。でもほとんどの場合ただ観るだけです。目が離せないのです(笑)。

── さあ、そろそろ映画を始めるべきですね、そうですよね?

一同拍手

── レオンさんありがとうございました!

皆さんよく我慢しましたね!(笑)

一同笑、拍手喝采





 当ブログでも、キューブリックが多くのテイクを繰り返す理由を「撮影も創造の場とし、クリティカル・リハーサル・モーメント(CRM)を求めていたから」と説明してきましたが、このレオンの証言もそれを裏付けるものです。キューブリックはそこにある台本や脚本に固執せず、撮影現場で常に新しいアイデアを求め、アドリブを試していました。そのアドリブはセリフや演技だけに止まらず、撮影方法やアングル、レンズのチョイス、そしてBGMまで撮影に関するもの全てに及んでいたのです。以前Twitterである役者がキューブリックの多テイクぶりを「撮影現場をコントロールできない監督なんて無能」と批判していましたが、その批判は全くの的外れです。多くの監督は予算やスケジュール、役者の拘束時間に縛られ、撮影はただ脚本を映像化する作業にすぎない場合がほとんど(粗製濫造される邦画は特にこの傾向が顕著)ですが、キューブリックの撮影現場はそれと全く異なるということは、この質疑応答を読めば自明でしょう。

 この質疑応答ではシェリー・デュバルについては触れられていませんが、キューブリックがシェリーの演技に不満だったのはこの「自然な演技になっていない」ということだと思います(『メイキング・ザ・シャイニング』の「ワザとらしく見える」発言など)。シェリーはシェリーでキューブリックが望む(役者らしい)演技をしようと努力を重ね、ストレスで倒れてしまうのですが、それはキューブリックが求める演技とは違うものでした。よく言われる「ウェンディの情緒不安定さを表現するためにキューブリックがわざとシェリーを追い込んだ」という話ですが、確かにそういう面はあったかも知れませんが、個人的には「自然な演技になっていない」シェリーを、どうにかして矯正しようとした結果なのではないかと考えています。

 よく話題になる「127テイク」ですが、それはスキャットマンとダニーのキッチンでのシーンであることがこれではっきりしました。このシーンは初めて「シャイニング」という言葉が出て、その後のストーリーを暗示する重要なシーンです。キューブリックは重要なシーンであればあるほど多テイクを撮り、じっくりと時間をかけていました。ジャックとウェンディの階段のシーンは、ステディカムのギャレット・ブラウンや編集のゴードン・スタインフォースによると35~45回くらいだったそうです。

 リサとルイーズの双子の姉妹はオーディションで選ばれたのは知っていたのですが、こんなにギリギリのタイミングだったのですね。ということは、キューブリックは当初原作通り姉妹で行くつもりだったのでしょう。双子になったのはリサとルイーズのキャスティングがまずあって、それを映像化するに当たってダイアン・アーバスの写真を思い出すなどしてヒントにしたのかも知れません(キューブリックは映像化のヒントを「既存のもの」に求め、空想するにしてもそのとっかかりは必ず現在ある既存のものを発展させるという方法論を採っている)。

 このようなキューブリック独自の映画制作のプロセスは、逝去後になってやっと判明したものがほとんどです。海外では新情報により、過去の古く間違った情報や噂は否定され、更新されてきたのですが、残念ながらこの日本ではまだ逝去前の、キューブリックの秘密主義による情報の少なさからくる「間違った情報」がそのまま流布され続けています。その最たるものが「完全主義者のキューブリックはアドリブを許さない」というものです。実際はこの様に全く正反対で、キューブリックの撮影現場は「アドリブだらけ」です。それは、繰り返しになりますがキューブリックは「撮影も創造の場と考えていたから」です。当然ですがこの方法論を実現させるには、予算もスケジュールもキューブリックに決定権があるという条件が必要不可欠になります。それは、キューブリックが苦労に苦労を重ねてハリウッドから勝ち取った「権利」であることは、ファンの方ならよくご存知だと思います。

 最後に、この素晴らしいレポートと写真を提供してくださったShinさんにお礼を述べたいと思います。貴重なレポート&写真、ありがとうございました。またShinさんは「ぜひレオン・ヴィタリを日本に招聘して欲しい」とおっしゃっています。私も全面的に同意しますし、それは4K版『シャイニング』の公開時、もしくは『スタンリー・キューブリック展』の日本での開催時が最大のチャンスとなるでしょう。ちなみにレオンは『アイズ…』の吹き替え時に来日していますが、トム・クルーズの吹き替えを担当した声優の森川智之さんは、その時レオンの厳しい要求にさんざん苦労させられています(笑。日本でレオンと森川氏の再会が実現すれば、ちょっとしたトピックになるではないでしょうか。

 以上がレオン・ヴィタリ質疑応答のレポートになりますが、キューブリック独自の映画制作現場の「正しい姿」の一端が伝われば幸いです。多くの誤解とデマの訂正にこの記事が役立つことをShinさんと、そして管理人は切に望みます。