source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック
映画で使用された仮面はベネチアで調達された。詳細はこの記事で。
舞踏会や儀式のシーンが撮影された「エルベデン・ホール」
乱交シーンは『ダウントン・アビー』で有名になったハイクレア城の応接室で撮影された。
マーティン・スコセッシが『ギャング・オブ・ニューヨーク』で使用したジョセリン・プークの『Dionysus』。
●さらに本物に近くなる乱交シーン
ヨランデ・スナイス (振付師):スタンリーの乱交シーンのビジョンはのちに本当の乱交シーンのようになっていったと思う。問題はそれをするためにはさらに追加のお金を払わねばならないことと、何人かはそれをしたくなかったことです。
アビゲイル・グッド(謎の美女役):レオンはある時カーマ・スートラからの挿絵をたくさん持って来て、「スタンリー、この絵からインスピレーション得られるかい?」って聞いていたの。私たちは「こんなことのためにこの仕事を受けたわけじゃない」て思うようになっていました。でもその頃にはお互いよく知ってたから、どんどん性的になっていくのも驚かなくなっていたわ。
ヨランデ・スナイス:スタンリーはイタリアの仮面のコレクションを持っていた。「コンメディア・デッラルテ」のマスクだ。私を家に呼んで、一番印象に残るやつを選ばされた。共同作業だけれど、 自分が乱交シーンをもっと明確にするのためのスタンリーの美術アシスタントって感じがした。数週後には儀式や仮面舞踏会、そして外套を脱ぐ儀式について話てくれた。 いろんな儀式の形態を試した。線、道、歩き、境界や祭壇への行列などなど。ある時点で、スタンリーは円がベストだということに気付いた。それが決まってからは彼とレオン、プロダクション・デザイナーと共に見合ったロケーションを探した。最終的に巨大な会場を使うことになった。
レオン・ヴィタリ (キューブリックのアシスタント):エルベデンはギネス家によって所有されていた家だった。マハラジャによって1800年代に建てられ、廊下には手彫りの大理石が使用されていた。建築した時は建築資材を運び込むのに線路を作った。戦争中は秘密の司令部として使われた。何とも奇抜な建物だった。別に使用した家はツタンカーメンの墓を発見した男が所有していた。大規模な美術館がその地下にあった。
トッド・フィールド (ニック・ナイチンゲール役): 仮面舞踏会のシーンはエルベデン・ホールで撮影された。最初に入った時、音楽用の機材以外は何もなかった。キーボードの前に座って『Backward Priests』を練習した。ある時点で音楽が止まったので立ち上がって見回したら、スタンリーが部屋の反対側に立って目隠しを持ち上げていた。そっちに言ったら彼は私の体を回転させ、私の頭に目隠しを付けて「これで準備完了だ」と言った。セットで私だけが 「アイズ・シャット」された人間だった。
ヨランデ・スナイス:モデルたちといろんなことを試しました。完璧な同調を得るためにヨガをして体を柔軟にしたりとか。大変でした。なぜならスタンリーがある種のバービー人形のようなタイプを求めていたからです。ある時はそれが悩みの種でした。私も女ですから、別の女性観を持っているからです。しかしそれがシーンの心理の一部だったのです。アビゲイルという女性が最終的により大きな役に選ばれました。ダンサーとしての経験はなかったのですが、自然な動きを見せてくれました。
アビゲイル・グッド:スタンリーは私が『バリー・リンドン』のリンドン嬢を想い起こさせるとおっしゃってくださいました。彼女のように歩くようには言われませんでした。私はモデルで、キャットウォーク上を歩いたことは何度もありました。なのでヒールを履いて歩くことはお手の物でした。すいません、軽薄な女のように聞こえてしまいますね。「歩くのは得意なのよ!」って言ってるみたい。でも違うんです。強い女性を表現するためのある種の動きがあったのです。
ヨランデ・スナイス:男性のダンサーも何人かいて、エロティックなダンスを練習しました。その中の一人、 ラッセルは私のダンス会社の一員でした。円の中心にいる香炉を持ったマスターを演じました(赤い外套の男のこと)。その後のシーンはレオンが演じました。なぜなら観客が彼の顔を見ることはないからです。あのシーンのタイミングはラッセルによって計られました。なぜなら杖を持っていたからです。彼が杖で床を叩くと、それが合図になって女性たちが立ち上がるのです。スタンリーは香炉から煙が立ち上がるショットを独特な方法で取りたかったのです。しかし煙のコントロールは不可能です。だからあのショットは何度も撮りました。正しいタイミングを得るまで何度も何度も。
ジュリエンヌ・デイビス(マンディ役):あのシーンのためのリハーサルは1ヶ月もかかりました。11.4センチものヒールを履いて跪き、立ち上がりの繰り返しでした。私は筋膜を怪我してしまいました。ロンドンに戻って、医者に「撮影を乗り切るために何でもしてください」と言いました。
アビゲイル・グッド:何時間も座ったきりでしたから、膝のためにスタッフが凍ったエンドウ豆を持ってきてくれました。
ラッセル・トリガー(ダンサー):トムが舞踏会に現れるシーンでのタイミングについて、スタンリーからとても詳細な演出指導を受けたのを覚えています。私がとても感激したのはどんな特殊なカメラアングル、ショットだとしても女性たちのつくる円はショットに一番重要なものとして撮られていたことです。
ジュリエンヌ・デイビス:スタンリーは私に乱交シーンに加わるように言われました。でも多くのスタッフの前でそれをすることに自分が弱くなった気になり、不快な感じがしました。上品ぶっている訳ではありません。でもそれをする意味があまり感じられなかったのです。自分は仮面を被っているのですから。撮影が始まる数年前にロンドンの通りで性的暴行を受けたのです。だから誰かに何かされるというのは私にとって受け入れられないことでした。スタンリーに「やらないと言っている訳ではないのです。 〈できない〉のです」と伝えました。動揺していました。嘘ではありません。従うことができなかったのです。自分の意思を貫きとおしました。
ピート・カヴァシウティ(ステディカム オペレーター):スタンリーの正確さは私が一番覚えていることです。私のステディカムにはレーザーが3つ付いていて、地面を指していました。それらがラインアップした時にはグリップがレンズからの糸から下げ振り糸線を落とすんだ。そからレーザーを上げて、グリップがマークまで音声誘導してくれる。「マークまで2インチ、1インチ」って感じに。彼の正確無比さは並外れていた。おかげで20ショット以下撮れたら大成功なほどだった。身体的にも、知的にも多くを求められた。スタンリーは何度も私がマークに沿ってないと言うんだ。だから見下ろして、レーザーをチエックして「いやちゃんとマーク上だ、スタンリー」って伝えるんだ。一度などトム・クルーズが私に囁いて「ただカメラを動かせばいい、ピート」って言ってくれた。それはつまりスタンリーがカメラを別の場所に動かしたいっていうただの暗号だと気付いた。
ヨランデ・スナイス:トムクルーズはとてもチャーミングでした。撮影初日に彼は舞踏会に入るシーンを撮っていた。仮面をつけて立っていました。休憩時間になると彼はそのまま私のところに歩いてきて手を差し出して「どうも、トムです。お会いできて光栄です」と言いました。それから彼は私が制作したテレビ向け映画『Swinger』について話し始めたんです。小規模映画なのにありとあらゆる言葉で賞賛してくれました。私が返せた言葉は「あら、あなたの映画も好きよ、トム」だけでした(笑。
レオン・ヴィタリ :トムがあの映画に出ていた時、彼は1番の大スターだった。彼が出る映画一本で、前金2000~2500万ドルのギャラをもらっていた。彼が『アイズ ワイド シャット』に出ている間、3本の映画に出られていただろう。「セットでトムと目が合ったら、君の人生はおしまいだ」って噂があった。そんなのは嘘だ。素晴らしい人物だった。もちろんニコールも。
アビゲイル・グッド:ある日のことを覚えています。たくさんのスタッフ、エキストラ、人々がセットにいました。でも何も起きませんでした。私たちは「どうしたの?」と言い合ってました。スタンリーがライトが消えてることに気付いたのです。シーンの途中でです。誰かが「いや消えてないよ、スタンリー。誰も何も触ってない」と言いました。でも彼は「消えている。探せ。問題解決までは撮影しない」と答えたんです。彼は完璧主義者でした。おそらく人々を怒らせたこともあったでしょう。でも彼は人をイラつかせるけど、正しいことをする人だったんです。
ジョセリン・プーク(作曲家):乱交シーンではスタンリーは音楽的には漠然としていました。なぜならあまり様式化されていないものを狙っていたからです。彼は「本当にどういう音楽にすべきかわからないんだ。何か試して見てくれ、セクシーな音楽を」って(笑。それが私への指示でした!『Dionysus』という曲を作りました。映画には使われませんでしたが。最終的にマーティン・スコセッシ監督の『ギャング・オブ・ニューヨーク』に使われることになりました。スコセッシ監督が『アイズ...』に使われる予定だったと知っていたかはわかりません。使った曲は私のアルバムに収録されています。初期のレコーディングからのボーカル・サンプルが使われています。ボーカリストはバガヴァッド・ギーターからの言葉をいくつか使って即興をしたのです。あるヒンドゥー教のコミュニティーの人々は何個かの単語にたまたま気付いたみたいです。それから話題になりました。最後にはキューブリック家がそれに不快感を覚え、映画をリコールし、曲を別のボーカルを使って再収録しないといけなくなりました。高い代償を払うハメになってしまったのです。
(引用元:VULTURE/2019年6月27日)
前回の記事「【考察・検証】『アイズ ワイド シャット』の儀式・乱交シーンについてのスタッフの証言集[その1]儀式シーンのリサーチについて」の続きです。キューブリックは乱交シーンは当初「芸術的でシュールリアリスティック」のものを想定していたようです。それはもちろんレイティングを考えてのことだったとは思いますが、「これじゃつまらん」と思ったのか、この証言集によるとどんどん過激な方向へ進んで行ったようです。
その乱交が繰り広げられる場所ですが、キューブリックと共同で脚本を書いたフレデリック・ラファエルのアイデア「大きな図書室のようなところ」というのが採用されています。ロケ場所は記事にはありませんが、BBCのTVドラマ『ダウントン・アビー』で有名なったハイクレア城の応接室とその周りの部屋が使用されました。儀式のシーンは記事の通りエルベデン・ホールです。
キューブリックはヌード女性が必要になった場合はモデルを使うのが常だったようです。『シャイニング』の237号室の女性を演じたリア・ベルダムもモデルでしたし、おそらく『時計じかけのオレンジ』でアレックスのルドビコ療法の効果を試す試験に登場したトップレスの女性もモデルでしょう。キューブリックがなぜモデルを重用したは証言がないので不明ですが、『ロリータ』でロリータの母親を演じたシェリー・ウィンタースが、ジェイムズ・メイソンとベットに入るシーンでガウンさえ脱ぐのを拒否したという苦い経験をしていたので、ヌードシーンにはヌードに慣れているモデルを使ったのではないでしょうか。もちろん一部ファンの間で囁かれている「おっぱいフェチ説」も有力だと思います(笑。大ぶりでも小ぶりでもなく、形がよくてツンと上を向いたおっぱいばっかり選んでいますからね。
マーティン・スコセッシが『ギャング・オブ・ニューヨーク』でジョセリン・プークの『Dionysus』を使おうとしてトラブルになったとは知りませんでした。それは『アイズ…』のために作られた曲だったため、ボーカルを差し替えることになりましたが、それまで映画音楽の経験がなかったプークを、キューブリックの大ファンであるスコセッシが知ったのは『アイズ…』であったことは確実でしょう。
なお、原文の記事ではさらに「撮影しながら性行為の振り付けをする」「R指定騒動」と続きますが、これらについても今後記事にする予定です。お楽しみに。
翻訳協力:Shinさま