source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック
『アイズ ワイド シャット』にある、わかりにくいキューブリックのギャグ。このシーンには『夜のストレンジャー(Strangers In The Night)』(奇妙な人たちの夜)が流れている。※一部画像加工済
〈前略〉
キューブリックはトム・クルーズが演じたウィリアム・ハーフォード博士の役を、トム・ハンクス、ウディ・アレン、スティーブ・マーティン、ブル・マーレイなど、いくつかの俳優を検討していたことが判明しました。このニュースは、デビッド・マイキックス著の新刊『アメリカの映画監督スタンリー・キューブリックのアイズ ワイド シャット』で明らかになりました。『アイズ…』はアーサー・シュニッツラーの1926年の小説『夢物語』に基づいており、伝記は1970年代から80年代にかけてキューブリックは、主演俳優をコメディ俳優でキャスティングしたかったことを明らかにしています。
「70年代、キューブリックは、スティーブ・マーティンやウディ・アレンのようなコメディアンの能力を持った俳優を主役に起用することを構想していました。1980年代のノートには、ダスティン・ホフマン、ビル・マーレイ、トム・ハンクス、サム・シェパードなど、一連の可能性のある主演男優をリストアップしています」
〈以下略〉
(全文はリンク先へ:JoBlo.com/2020年8月14日)
キューブリックは『アイズ ワイド シャット』の原作小説『夢小説』の映画化を1970年代初頭から考え続けていました。それから1999年に映画が制作・公開されるまで、様々なアイデアが検討されたのですが、その中にこの「コメディ化」がありました。もちろんそれは、シリアスな原作小説『赤い警報』をブラックコメディ化した『博士の異常な愛情』の成功体験があったからですが、コメディ化に限らず、ありとあらゆる可能性を20年以上に渡って検討し続けていたのです。
キューブリックにとって、この企画が難産だった理由は、この「ほのめかし」なストーリーになぜ自分は惹かれるのか、明確な答えを持っていなかったからです。その答えを求め、多くの脚本家(キューブリックの場合、それは小説家であることが多い)に意見やアイデアを求めましたが、結局は確証は得られずじまいでした。その意見を求められた脚本家の中の一人、『シャイニング』で脚本を担当した小説家のダイアン・ジョンソンは、「このフロイト主義のエロスと背徳と抑圧と死の物語は悲劇なのか喜劇なのか、彼には確信が持てなかったようだ」と証言しています。
もうひとつ重要なのは、キューブリックはポルノ映画に挑戦したがっていたという事実です。実は1970年代初頭、『博士』の脚本家、テリー・サザーンがキューブリックをネタに脚本を書いたポルノ企画『ブルー・ムービー』の映画化を検討していました。しかし、その企画が妻のクリスティアーヌにバレ、「これを映画化したら二度と口をきかないから!」と宣言されてしまい、やむなく中止にしたという経緯があります。ですが、あきらめの悪いキューブリックのこと。ポルノ映画制作の野望を『夢小説』に託したのではないでしょうか。当時『エマニエル夫人』の大ヒットにおける「ソフトボルノ映画ブーム」が沸き起こっていた事実も、キューブリックを刺激したであろうことは想像に難くありません。もちろんハリウッドではポルノをポルノとして制作・公開はできませんので、「エロティック・コメディ」「エロティック・サスペンス」「エロティック・ミステリー」など、ありとあらゆる「ハリウッドで公開できるポルノ映画の可能性」を模索していたのではないでしょうか。
この記事に名前が挙がっているキャスティングは、その「模索」の名残ですが、スティーブ・マーティン夫妻とキューブリックは実際に会ったそうです。ですがそれは実現まで至らず、結局トム・クルーズとニコール・キッドマンによってシリアスな「エロティック・サスペンス」として制作されました。しかし、コメディ化検討の影響が本作のそこここに残っているのは、ご覧になった方にはすぐ理解できるでしょう。
これらの詳細はデビッド・マイキックス著の『アメリカの映画監督スタンリー・キューブリックのアイズ ワイド シャット』で語られているそうなので、邦訳をぜひ期待したいですね。