2015年8月19日水曜日

あの日のように抱きしめて

source: 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評




戦争によって歪められた夫婦の愛を描く痛切なメロドラマ「あの日のように抱きしめて」。戦争は被害者にも加害者にも重荷を背負わせる。

1945年、敗戦後のドイツ。強制収容所から奇跡的に帰還したネリーは、銃で顔に大けがを負ったため整形手術を受ける。別の顔をすすめる医者の言葉に反し、ネリーはできるだけ元の顔に戻すように懇願。生き別れた夫ジョニーを探し出すが、妻は死んだと疑わないジョニーは、容貌が変わったネリーを妻と気付かないばかりか、妻になりすまし遺産を山分けしようともちかける。気付いてもらえないことに悲しみながらもジョニーの提案を受け入れるネリーだったが…。

ホロコーストを生き延びた女性の“戦後”を描く本作は、冒頭からただならぬ不穏な気配がある。ペッツォルト監督が意識したというヒッチコックの「めまい」のように、瓜二つの女が入れ替わる話ではあるが、本作のストーリーは本人が本人に成り済ますというから、さらにねじれている。主人公ネリーは、夫ジョニーが自分をナチに密告した裏切り者だと知っても、さらに妻になりすまして遺産を狙おうとしていることを知ってもなお、ジョニーを愛することを止めない。顔をめちゃめちゃにされアイデンティティを失ったヒロインが生きるためは、戦争前の幸せだった過去に執着するしかないのだろう。映画は、ドイツ人の夫ジョニーを単なる卑怯者としてではなく、生きるためにユダヤ人の妻を差し出すしかなかったというスタンスをとる。ジョニーはネリーに気付かないのではなく、自分の罪を封印するため妻は死んだと思いたいのだ。戦争の惨状をストレートに見せるのではなく、裏切りや後悔を背負いながら戦後を生きねばならない人間たちの心理サスペンスとして描いたペッツォルト監督の手腕と、「東ベルリンから来た女」でもタッグを組んだニーナ・ホスの繊細な名演が素晴らしい。ラスト、ジャズの名曲「スピーク・ロウ」を歌うネリーは“甘美な復讐”を果たすが、それはむしろ、自分はここから蘇って生きるのだとの静かな宣言のように思えた。
【70点】
(原題「PHOENIX」)
(ドイツ/クリスティアン・ペッツォルト監督/ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルト、ニーナ・クンツェンドルフ、他)
(夫婦愛度:★★★☆☆)
チケットぴあ

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