2016年8月23日火曜日

【関連動画】キューブリックのパーソナルアシスタント兼運転手、エミリオ・ダレッサンドロが出演したTV番組の動画

source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック




 2012年にキューブリックのパーソナル・アシスタント兼運転手、エミリオ・ダレッサンドロの回顧録『キューブリックと私(Stanley Kubrick e me・イタリア語版)』が上梓された際に出演したTVインタビューの動画です。だいたいこのような内容を話しているようです。

エミリオ:

「(キューブリックと知り合ったのは)巨大なペニスの置物(ザ・ロッキングマシーン)をセット(ロケ地)に届けたことでした」
「その日は道路が凍結していたので、スタッフは高価なアート作品を運ぶのを嫌がりました」
「映画会社から私のタクシー会社に連絡がありました」
「会社は私が元レーシングドライバーだと知っていたので、そんな悪条件でも運転できると考えたのです」
「スタンリーはそのミッションを果たした人物を知りたがりました」
「そして彼と会い、彼との仕事が始まりました」

フィリッポ:

「スタンリーは古い新聞の切り抜きから私が元F1レーシングドライバーだと知りました」
「スタンリーはその件についてエミリオに尋ねました」
「スタンリーはエミリオを非常に魅力的に感じました」
「それから二人の30年間に渡る友情が始まったのです」

エミリオ:

「スタンリーから他の仕事はできるか?と訊かれました」
「私はあなたがニューヨーク新聞スタンドの販売員のように見える、と」
「OK、それだけなら演りましょう、と言いました」
「この2秒あまりのシーンに2週間かかりました」
「毎晩『エミリオはキオスクに行く」です」
「30分のフィルムテストをやっていました」


「フェリーニの電話の通訳を頼まれた際、私とスタンリーはメモを片手に床に座りました」
「しかし私は彼らが話す(専門的な)内容を理解することができませんでした」
「私はフェリーニが語る内容をなんでも書き留め、英語に翻訳してスタンリーに伝えました」
「その後、スタンリーの回答をフェリーニに伝えました」
「私はその内容を理解できませんでした」

「スタンリーの真実は、プロジェクトを止めたことがないという事です」
「スタンリーはアメリカとヨーロッパ両方のタイムゾーンで働いていました」
「仕事以外の時間はありませんでした。しかし、彼は疲れ知らずでした」
「彼はめったに風邪をひきません。常に体調は良好でした」

(フィリッポによる『2001年…』の解説)
(エミリオによる『時計…』の上映禁止の話)
(フィリッポによる「月面着陸捏造説」の話)

エミリオ:

「キューブリック作品で一番好きなのは『スパルタカス』です。しかしスタンリーは理解しかねていました」
「すべての作品が素晴らしいです。しかし私はそれらを鑑賞する時間がありませんでした。あまりにも長いのです。2時間もあります。」
「私には私の他の仕事があります」

「スタンリーの死は未だに信じられません」
「父が亡くなった時の方がまだましでした」
「スタンリーの死はすべてを壊してしまったのです」

「スタンリーとの30年間は素晴らしかったです」
「私は一日の終わりに私が行った仕事に対して感謝したスタンリーの笑顔を見ました」
「私は疲れていてもそれが見たいために働き続けました。私はその笑顔が好きでした」


 ここで登場しているフィリッポ・ウリビエリとは、イタリアのキューブリック研究家で、この『キューブリックと私』の共同著者でもあります。フィリッポのサイト『Archivio Kubrick』は有名で、デザインを見てわかるようにiMac時代、2001年にスタートしています。

 このインタビューからもわかるように、非常に心温まるエピソードが満載のようです。是非とも邦訳をお願いしたいですね。