source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック
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キューブリックがアポロ月面着陸の捏造映像を撮影したというトンデモ説を元ネタにシンプルな笑いを徹底していれば、もっと笑えて楽しいおバカコメディ映画に成り得たはずなのに、下手に政治的主張を潜り込ませたために、何がしたいのかよくわからない中途半端でしまりのない作品になってしまった。
「アポロ計画の熱狂を隠れ蓑に、その裏でベトナム戦争に邁進していたアメリカを批判する」という、政治に興味をもったばかりのウブな大学生がやりそうな主張を今頃になって臆面もなく展開しているが、その元凶は監督の祖国、フランス(ベトナムは元々フランスの植民地で、そのフランスの立場を引き継いだのがアメリカ)である事実を知らないのだろうか? 星条旗を引き倒す暇があったら、その血塗られた三色旗も踏みつけるくらいしていただかないと、一度はそのフランスからベトナムを奪った日本人としてはまったく納得できない。
この程度の幼稚な政治的主張しかできないから、当然のように本編もつまらない。明らかに尺伸ばししたいがためのドラッグシーンや、60年代のロンドンというよりまるでサンフランシスコのようなコミューンの描写。伏線として有効に機能していないバンドボーカル君の「ロックオペラ」(おそらくフーのロジャー・ダルトリーがモチーフ)やパールマンのPTSD(都合よいストーリーに持っていくための無理矢理なこじつけ)。バンドボーカル君が嗅ぎつけられる程度の二人の居場所を探し出せない無能なマフィアなど、脚本のアラも目立つ。月面着陸成功に熱狂する民衆のライブラリー映像にCCRの『フォーチュネイト・サン(富裕層が始めたベトナム戦争に貧困層が兵士として戦地へ行かされる現実を告発した歌)』をかぶせるというのは『博士…』のラストシーンをオマージュしたつもりかもしれないが、グロな殺戮シーンを見せることが「ブラックユーモア」と勘違いしている監督にふさわしいトンチンカンぶりに言葉もない。「ブラックユーモア」とは「笑うに笑えないほど真をついた皮肉・当てこすり」を言うのであって、真をつくどころかピントはずれっぱなしのシーンの連発に、失笑するのがせいぜいだ。
処女作とはいえ、このレベルの監督なら次作でよほど頑張らないとハリウッドからお声がかかることはないだろう。わざわざ電車賃とチケット代を払って見に行く映画でもなく、レンタルで十分な作品だ。そちらの方が数々のキューブリック作品のオマージュをリピート再生で確認できるというメリットもある。とにかく映画スキルが高いであろうキューブリックファンを納得させるレベルにない事は確実なので、オマージュだけ楽しみたい諸氏はレンタルか衛星放送での放映を待った方がよさそうだ。