source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック
邦訳された小説『時計じかけのオレンジ』。左から初版(1977年)、アントニイ・バージェス選集〈2〉(1980年)、完全版(2008年)
小説『時計じかけのオレンジ』の最終章(第21章・3部7章)については、いったん第20章(3部6章)で物語を終わらせていたにもかかわらず、原作者アンソニー・バージェスが出版社の意向に沿って「その場しのぎ」で「付け加えた」というのが事の真相ですが、本人がこの事実を隠し、事あるたびにキューブリックの映画版を批判したために、「最終章がある版がバージェスの真意である」という間違った認識が定着しつつあります。この記事ではそれを訂正するために、当事者や関係者の証言をまとめてみたいと思います。
「それ(第21章)は納得のいかないもので、文体や本の意図とも矛盾している。出版社がバージェスを説き伏せて、バージェスの正しい判断に反して付け足しの章を加えさせたと知っても驚かなかった」
(引用元:『ミシェル・シマン キューブリック』)
「失われた最終章?あれは偽物だ。アンソニー・バージェスは文字通り書けと強要されたんだからね。発行者から「こいつを好ましい人物にしないとかなり厳しいことになる」と言われて2時間で言われた通りに書き上げたと話していたよ。だからあれはオリジナルでもなんでもないのさ」
(引用元:マルコム・マクダウェル インタビュー CUT 2011年7月号)
このように、キューブリックもマルコムも明確に「最終章は出版時に付け加えられたもの」と証言しています。次に、小説の訳者である乾 信一郎氏による最終章に関するあとがきを検証したいと思います。
この小説が一部二部三部にわけられていることはごらんのとおりであるが、その第一部と第二部はそれぞれ七つの章から成り立っている。問題なのは第三部である。1962年の英国版初版にはこの第三部も七つの章になっているのだが、その後に出た版になるといずれも最終章の第七章が削除されている。最も新しい版と思われるペンギン・ブックスの1977年版にもこの最終第七章は無い。
〈中略〉
ところがその後早川書房編集部で1974年のPlayBoy誌上にバージェスのインタビュー記事が出ているのを発見。訳者もそれを見せてもらったが、その中にはもちろんバージェスの著作中でのベストセラー『時計じかけのオレンジ』のことに触れた部分があった。それによるとバージェスはキューブリック監督によって映画化された『時計じかけのオレンジ』には数々の不満があるというのだ。特に結末の部分がいけないという。キューブリック監督は原作の最後の章を読んでいないんじゃないか、とあった。
〈中略〉
それでは、なぜバージェスはその考えを盛った大切な最後の章を削除した本の発行を許しているのか、そこが疑問になってくる。以上のような考えであれば第三部の第七章は絶対になくてはならないものということになるのだが、実際はその反対となっていて、いっていることと現実が矛盾する。
(引用元:時計じかけのオレンジ (1980年) (アントニイ・バージェス選集〈2〉)
つまり、訳者自身も「バージェスの矛盾した言動は不可解」と評しています。ところがの2008年に刊行された『新装版』の柳下毅一郎氏の解説は、前述したキューブリックの証言を「事実はそうではない」と否定し、
1962年に英国ハイネマン社より出版された『時計じかけのオレンジ』初版には第7章(第21章・3部7章)も含まれた完全版だった。だが同年に米国で出版された版からは最終章が省かれていた。バージェスが86年の米国版に寄せた序文によれば、米国の出版社がカットを求めたのだという。その後の版もこれを踏襲し、86年に「『時計じかけのオレンジ』はこれまでアメリカで完全なかたちで出版されたことがなかった」とする序文(A Clockwork Orange Resucked)つきで再版されるとき、はじめて第7章が復活した。バージェスがそれまで第7章の復活を求めなかった理由はわからない。おそらく本人にもどうすべきか迷いがあったのではないだろうか。
と、バージェスの主張を言葉通りに信じ込んでしまっています。ですが「無理やり付け加えさせられた」という証言はキューブリックだけでなくマルコムも行なっているため、これは「事実」として考えざるを得ません。その上で解説で柳下氏が指摘している「迷いがあった」は、以下の結論で完全に説明できてしまうのです。
結論:バージェスは当初最終章のない『時計…』が完結した物語と考えていたが、英国の出版社の意向に添って不本意ながら最終章を付け足した。その後キューブリックが最終章のない(バージェス曰く「カットを求められた」としているが、バージェス自らカットを求めた可能性もある)米国版をベースに映画化したところ、各方面から暴力賛美だと批判が集中、原作者のバージェスも批判はおろか脅迫(殺人予告を含む)までされる事態に発展した。その批判や脅迫をかわすためにバージェスは、マスコミ向けには最終章の意味とその重要性を事ある度に主張し、それを映像化しなかったキューブリックを批判、自分は暴力主義者でない事を世間にアピールした。しかし本心では最終章がない版が決定版だと考えていたため、米国版に最終章を加えるか否か1986年まで悩み続け、最終的には加えることにした。
上記の結論(私論)や、最終章の有無に関する「好み」についてはそれぞれの判断に委ねるとして、ひとつ確実な事実は「最終章は出版社の意向に従い、アンソニー・バージェスが無理やり書かされたものである」という点です。この事実を認識した上で最終章を書いたバージェスの「真意」ついて論ずべきだ、と管理人は強く思います。