2018年12月31日月曜日

【関連書籍】『2001:キューブリック、クラーク』マイケル・ベンソン

source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック


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 本当に久しぶりのキューブリック関連書籍の邦訳です。2004年に刊行されたクリスティアーヌの秘蔵写真集『スタンリー・キューブリック~写真で見るその人生』、ポール・ダンカンの『スタンリー・キューブリック』、ヴィンセント・ロブロットの『映画監督スタンリー・キューブリック』以来ではないでしょうか。この原書が上梓された時に記事にしましたが、まさか本当に邦訳していただけるとは思ってもいませんでした。それほどキューブリック関連書籍の邦訳は望み薄だったのです。

 内容は今まで知られてきた『2001年…』制作秘話に新たな証言を加え、それを著者のマイケル・ベンソンが取りまとめ、解説するという構成になっています。登場する主な証言者は以下の通り。

スタンリー・キューブリック…プロデューサー、映画監督
アーサー・C・クラーク…小説家、脚本や小説版執筆、科学アドバイザー
クリスティアーヌ・キューブリック…キューブリックの妻、エイリアンの造形担当
カール・セイガン…「異星人は見せるな」と指南した天文学者
マイク・ウィルソン…クラークのパートナー
ロジャー・キャラス(カラス)…広報担当
スコット・メレデス…クラークの版権代理人
ヘクター・エカナヤケ…クラークのアシスタント
レイ・ラブジョイ…キューブリックの編集担当
ウィリアム・シルヴェスター…俳優(フロイド博士)
コン・ペダーソン…特撮担当
ダグラス・トランブル…特撮担当
ロバート・ガフニー…セカンドユニットの撮影監督
ルイス・ブラウ…キューブリックの弁護士
ウォーリー・ジェントルマン…初期の特撮担当
ダグラス・レイン…俳優(HAL9000の声)
フレッド・オードウェイ…元NASAの技術顧問
ハリー・ラング…元NASAの美術監督
ロバート・オブライエン…MGM代表
キア・デュリア…俳優(デビッド・ボーマン)
ゲイリー・ロックウッド…俳優(フランク・プール)
ヴィクター・リンドン…制作補佐
トニー・マスターズ…美術監督
ボブ・カートライト…初期のセット装飾家
トニー(アンソニー)・フリューイン…キューブリックのアシスタント
アーニ・アーチャー…トニー・マスターズのアシスタント
ウォーリー・ヴィーヴァーズ…特撮担当
ブライアン・ジョンスン…特撮アシスタント
ロバート・ビーティー…俳優(クラビウス基地司令官)
ジェフリー・アンスワース…撮影監督
デレク・クラックネル…第一助監督
ケルヴィン・パイク…カメラオペレーター
デイヴィッド・デ・ワイルド…編集アシスタントでアメリカ試写に同行
ジョン・オルコット…アンスワースの撮影助手、後に撮影監督
ブライアン・ロフタス…特撮担当
アンドリュー・バーキン…アシスタント、後に映画監督
スチュワート・フリーボーン…メイクアップ・アーティスト
ダン・リクター…俳優(月を見るもの)
ビル・ウェストン…スタントマン
トム・ハワード…特撮担当
ピエール・ブーラ…「人類の夜明け」の背景写真撮影
コリン・キャントウェル…特撮担当
ヤン・ハーラン…キューブリックの義弟(クリスティアーヌの弟)で後のプロデューサー

上記以外では

リズ・ムーア…スターチャイルドの造形担当
アイヴァー・パウエル…制作アシスタント、カミンスキー博士役
ブルース・ローガン…トランブルのアシスタント。オープニングショットの制作者

注:本書の解説より噛み砕いた説明をしています。

 特に注目すべきは、制作当初は単なるアシスタント程度にしか過ぎなかったダグラス・トランブル、アンドリュー・バーキンの成り上がりっぷり、俳優のキア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ダン・リクターの作品への少なくない貢献度、そしてキューブリックの妻であるクリスティアーヌが、キューブリックを励まし続けた姿です。クリスティアーヌの「内助の功」っぷりは感動的ですらあり、キューブリックが生涯にわたってクリスティアーヌにベタ惚れだったのもよく理解できます。

 ただ、残念な点もあって、クラークに関しての多くが『失われた宇宙の旅2001』の焼き直しであること、著者のマイケル・ベンソンの解説に疑問な点があることです。後者に関してですが、ベンソンは「HALの見た目映像はフェアチャイルド社のレンズ」と解説していますが、フェアチャイルドのレンズであの魚眼映像は撮れません。使用したのはHALのセットに組み込まれていたニコンの魚眼レンズです(詳細はこちら)。また、モノリスの1:4:9比率を決めたのはトニー・マスターズであるかのような記述がありますが、映画のモノリスは1:4:9ではありません。クラークは「(比率は)あとで思いついたもの」と証言していますので、映画版の比率は美的観点からマスターズが決め、クラークはその比率に意味を持たせるために小説版で1:4:9であると後付けで設定したのではないかと推察しています。

 この他にも気になる点がいくつかあるのですが、それこそ『2001年…』はネット・書籍などを含めれば全世界に研究者がおり、その情報量も膨大ですので、クロスチェックは必要になるかと思います(特にベンソンの推察や考察の部分)。とはいえ多くの関係者の証言、つまり一次情報を集め、それを一冊の書籍にまとめた功績は素晴らしく、それを知るには貴重な本であることは間違いないでしょう。

 『2001年…』に限らず、キューブリックは独断と独善で作品を作るようなことはなく、多くの優秀なスタッフ(たとえ使い走りでも)の意見に耳を傾け、その才能を評価し、そのアイデアが作品をよくするためなら臨機応変に(クラークはそれを「行き当たりばったり」と評している)採用する柔軟性を持ち合わせていました。つまり役者の台詞だけでなく、制作過程も「アドリブだらけ」だったのです。その顕著な例が「完成した脚本で撮影をするという手法を採らない」ということです。撮影前に一応脚本は完成するのですが、それは撮影が進むたびに書き直され、(時には大きく)変更されたりするので、台本係が常にそばに待機しそれを記録、翌日には新しい台本が役者に渡される、といった具合です。キューブリック自身もインタビューで「シナリオの最終決定稿が完成するのは、撮影現場で最後のショットが終わった時だ」と語っています。

 それらアドリブをまとめ上げ、最終的に判断するのはキューブリックですが、その判断にいかに客観性を持たせられるかに苦悩する姿は本書では特に印象に残りました。一般的に「天才(ただし本人はこう呼ばれることを好んでいなかった)」「完全主義者」と呼ばれるキューブリックですが、それ以上に重要なのは多くの優秀なスタッフの才能をまとめ上げる(「才能を搾り取る」と揶揄されることも)天才的な「指揮者(マエストロ)」であったことです。この書によってその理解が一般に広がることを期待したいですね。

 『2001年…』ファン、キューブリックファンには必携の書だとは思いますが、価格が少々高額なのが残念なところ。ですが、この本が売れることによって他のキューブリック関連書籍の邦訳の可能性が高まるので(特に『The Stanley Kubrick Archives』の邦訳を臨みたい)、できれば図書館などで借りてすませるのではなく、ファンの皆様にはぜひ購入していただけたらと思います。

 なお。原書のタイトルは『Space Odyssey: Stanley Kubrick, Arthur C. Clarke, and the Making of a Masterpiece(スペースオデッセイ:スタンリー・キューブリックとアーサー・C・クラークはいかにして傑作を作ったか)』です。どうして『2001:キューブリック、クラーク』というタイトルにしたのかは、書店の店頭などで耳目を集めたいがためだとは思いますが、単に3つの単語を並べただけの中途半端な印象しかなく、あまりセンスが良いとは思いませんでした。早川書房さんには邦訳書を出版していただいた感謝の念しかありませんが、この点は残念であったことを付記しておきます。


2001:キューブリック、クラーク(amazon)