2020年7月19日日曜日

【関連記事】『シャイニング』で共同脚本を担当した小説家、ダイアン・ジョンソンのインタビュー

source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック


TheShining_whendy
ウェンディのキャラクターは小説から大きく改変された。

〈前略〉

マカフィー:『シャイニング』について話しましょう。どうやってプロジェクトに関わることに?

ジョンソン:キューブリックが電話をかけてきて、彼が色々な本を原作にホラー映画を撮ることを考えている時に会ったのです。

マカフィー:彼は(あなたの小説)『影は知っている』の映画化に興味があったと思いますか?

ジョンソン:そうかもしれません。私の印象では彼が読んだことは確かです。彼の口からは言いませんでしたが、私から聞くこともしなかったです。ロンドンで夕食をし、6ヶ月後に電話で「スティーブン・キングの小説を買ったんだが、読んでみるかい?」と言ってきたので、読みました。それからプロジェクトが動き出してから彼が一緒に働かないか薦めてくれたのです。脚本が少し進むごとに、違う草稿ができました。ロンドンにアパートを持っていましたから、午前中はそこで過ごし、彼はセットにいるという感じです。彼は全てを同時に行なっていました。同時期にセットを組み立てていましたから、彼はそれを監督しないといけなかったのです。私は午後に出向いて、夕方から夜までフィクションの問題を話しました。彼はとても文学に詳しかったです。もちろんストーリーそのものについてです。

マカフィー:実際の脚本はその会話から進化していったのですね。

ジョンソン:そうです。時々、家でシーンを書いたりしました。彼と下書きをして、さらに下書き、そしてさらに下書き、といった具合です。それからその下書きをシーンに書き起こして彼に渡し、彼が新たに上書きするといった感じです。彼はとてもいい書き手で映画監督で、私のバージョンを何回もより良いものにしてくれました。

マカフィー:つまりあなたは基本的に粗い下書きを書いて、それから二人で最終バージョンを一緒に仕上げるということですか。

ジョンソン:そんな感じです。私が出来上がったものを持っていったら、彼が「これはうまくいかないな」とか鋭いセリフを思いついたりするんです。セリフについてはとてもいいセンスを持っていました。ジャックのパートは大なり小なり彼が書いたのです。私の小説に出てくるような女性キャラであるウェンディは私が。たくさんセリフがありましたから。

マカフィー:キングの小説を脚色するにあたって、脚本に最低限残して置かないといけないことは何でしたか?

ジョンソン:もちろんホラーです。 家庭内における恐怖がどんどん成長していくところが核だと思います。最も我々が興味を持ったのが、なぜあのシチュエーションが怖いのか、です。父親が息子を殺そうとすること、息子が父親を殺そうとすることに何か基本的なことがあるのです。それに無力感。このアーキタイプなシチュエーションが興味深かったのです。つまり、幽霊たちよりも。しかしこの魔法(訳者注:幽霊がなぜ存在するかについて)に説明を与えるための論理的根拠を作るため頑張りました。時間的制約により省かないといけないこともありました。物理的に映画でできないことにより、変更を余儀なくされたこともあります。

マカフィー:例えば小説にあった「動く生垣」などですね。

ジョンソン:我々が映画の中ではうまくいかないと決めたもののいい例ですね、それは。

マカフィー:ウェンディの変更ついてはどうでしょうか? 映画の最終版ではかなり違いがあると思いますが。

ジョンソン:特に思い出せません。なぜならシェリー・デュヴァルがセットに来てからかなりの存在感でーとてもある種の奇妙なルックスをお持ちでー、脚本の言葉よりもウェンディを乗っ取ってしまったのだと思います。

マカフィー:映画の最終版についてどう思われますか?何度もご覧になったと思いますが。

ジョンソン:実は一度しか見ていません。フランスにいた時には公開されていませんでしたから。ですのでキューブリックと共にロンドンで公開後に見ました。こちらに戻ってきた時には劇場から外されていたのでその一回のみです。見た時には主に技術、セリフを聞くこと、自分が書いたものがどうスクリーンの中の人によって話されるかに集中していました。だから何か適切な感想というのはありません。

マカフィー:キューブリックと働くのはどうでしたか?

ジョンソン:非常によかったです。彼はとても知的で、一緒に働きやすかった。プロ意識が高く、粘り強くて、何でも教えてくれました。完璧主義者な面もありましたが。お互い仲のいい関係が築けました。

マカフィー:彼は『シャイニング』を書くためにあなたを選ぶのに、『影は知っている』のどこを気に入ったかあなたに伝えることがありましたか?

ジョンソン:私は彼が恐怖と不安の感情を作り出す能力を気に入ったのだと思います。

(全文はリンク先へ:SCRAPS FROM THE LOFT:TALKING ABOUT ‘THE SHINING’ WITH DIANE JOHNSON – by Larry McCaffery/2018年1月8日




 キューブリックは『シャイニング』について「正真正銘のコマーシャル・フィルム(娯楽映画)」などと語り、真意を話すことはありませんでした。しかし、このインタビューからいくつかのヒントが得られます。つまり

(1)キューブリックは初めから「ホラー映画」を撮るつもりでいた

(2)ウェンディのキャラクターを初めから大幅に改変するつもりでいた

(3)家庭内暴力(の恐怖)が物語の核

(4)幽霊たちの存在に「論理的根拠」を作った


という点です。

(1)前作『バリー・リンドン』の興行的失敗を取り戻すべく、当時流行していた「ホラー映画ブーム」に便乗したという説を裏付けます。キューブリック本人は「ある特定のジャンルにこだわって映画を作りたいとは思わない」的なことを何度もインタビューで応えていましたが、『シャイニング』に関しては「まずホラーありき」だったことが伺えます。

(2)キューブリックは最初から原作小説で描かれた「夫との不和に悩みながらも我が子を守ろうとする強い意志を持った美しい女性」ではなく、「夫の恫喝に常に怯えているひ弱で神経質な女性」に改変するつもりだったようです。脚本にジョンソンを起用したのも、シェリー・デュバルをキャスティングしたのも(キューブリック曰く「ウェンディはいじめられやすそうな人でないと」)それが理由で、原作に描かれた過去のトラウマと心理描写はカットし、「シンプルなホラー映画」を目指していたのが伺えます。

(3)キューブリックは「映像における恐怖の描写」の多くをジャックの狂気と家庭内暴力の描写に頼りました。それは他のホラー映画で常道とされた突然あらわれる死体や幽霊、動く家具なのど超常現象による恐怖描写を避けたいという意図が感じられます。キューブリックにとって「恐怖の対象」とは、その存在を信じていない悪魔や幽霊ではなく、やはり「人間」であるということでしょう。

(4)原作によるとホテルに巣食う悪霊の正体は、過去にホテルで起こった「悪しき行いの数々による因果」で増幅された「悪意の集合体=悪魔」だったのですが、それを「ネイティブ・アメリカンの怨霊」に改変しました。どうして「悪意の集合体」ではダメだったのかは真意は不明ですが、理論的根拠として弱い、ホテルが焼け落ちるという陳腐なラストにしたくなかったので他の理由を探した、アメリカ人のトラウマを刺激したい、そもそも悪魔の存在など信じていないなどの理由が考えられます。

 ジョンソンは他のインタビューで「『シャイニング』は当初人種差別も攻撃の対象にしていたのだが(オーバールック・ホテルはアメリカ先住民の墓地の上に建てられていた)、最終的にテーマから外されてしまった」と応えています。外されたもののモチーフは映画のそこここに「残ってしまった」のか、それとも暗喩として「残した」のかはわかりませんが、キューブリックの口からその意図が語られることはありませんでした。いずれにしても、このジョンソンのインタビューから伺えるのは、キューブリックは小説の『シャイニング』を「単純かつ明快な恐怖(ホラー)映画」に改変しつつも、その理由づけ(論理的根拠)も重視していたということです。幽霊を「存在する理由もなく映像化」するのではなく「存在している理由も(リアルに)映像化」したかったのです。

 ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』で「音が聞こえる宇宙空間」を創出しました。スティーブン・キングは小説『シャイニング』で「幽霊が実在するホテル」を創出しました。しかしキューブリックはこれらのように「創出(ファンタジー)だから」では納得せず、その論理的根拠を重視しました。つまり小説版で示唆された「悪しき行いの数々による因果」ではキューブリック的にはNGだったのです。その代わりに求めた「論理的根拠」が「ネイティブ・アメリカンの怨霊」だったのではないか・・・。このインタビューを読んで、その思いを強くいたしました。

翻訳協力:Shinさま