source: KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック
ピンク・フロイドの最高傑作(異論は認めない。笑)『夜明けの口笛吹き』と、『2001年宇宙の旅』のMGM版サントラ。
日本版wikipediaのピンク・フロイドの項目には以下の記述があります。
この頃バンドはテレビ映画などのサウンドトラックも担当していた。スタンリー・キューブリックがこの年(1968年)に発表した映画『2001年宇宙の旅』では、フロイドに音楽制作の依頼が来ていたという話が伝わっている。
「伝わっている」とはまた責任放棄的な書き方ですが、それもそのはず、この記述にソースは示されていません。ですが、世の中には「wikiに書かれていることは全て正しい」と裏取もせず信じ込む人は後を絶ちません。実はこの件に関しては、2名の証言者がいます。ひとりはキューブリックの義弟であるヤン・ハーラン。そしてもう一人はキューブリックの長女カタリーナ。その証言は以下の通りです。
ヤン・ハーラン:私の頃(ヤンがキューブリック作品を手伝うようになったのは『時計…』の頃から)より以前ですが、そんなことはないと思います。聞いたこともない。後になって本当だったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。もしそうなら、忘れていただけかもしれませんが。(引用:Jan Harlan: The Man Behind Stanley Kubrick)
カタリーナ・キューブリック:スタンリーが映画に役立ちそうなものなら何でも聞いていたことは知っていました。彼がピンク・フロイドを検討した可能性は十分にあります。(引用:reddit/Stanley Kubrick's daughter Katharina Kubrick, and grandson Joe. AMA)
つまり、「可能性のレベル」であって、「確定的な情報はない」ということです。そしてもちろんのこと、ロジャー・ウォーターズをはじめとするメンバーの誰一人も「キューブリックから『2001年』の音楽制作のオファーがあった」との証言はありません。
続いて、以下は管理人の個人的な推論です。
(1)この頃のピンク・フロイドはサイケデリックバンドで、キューブリックが興味を惹くような音楽性を有していない。
1967年にデビューしたピンク・フロイドは、この頃シングル『アーノルド・レーン』、『エミリーはプレイガール』(大好きな曲なんですが酷い邦題だ。笑)と、アルバム『夜明けの口笛吹き』をリリースしていたのみです。確かにアルバム収録曲、『天の支配』や『星空のドライブ』などは「宇宙」を感じさせますが、キューブリックの嗜好とはかなり異なると感じます。
(2)キューブリックは1966年の撮影時に現場でクラシックをかけていたり、粗編集でもクラシックを使用していたことから、早い段階からクラッシックの採用を検討していた。
そもそもキューブリックは当時のサイケデリック・ドラッグカルチャーに疎く、ドラッグそのものにも興味を示しませんでした。キューブリックが実際に音楽制作をオファーしたのはアレックス・ノースですが、その音楽も交響楽であり、クラシックの範疇です。
もしキューブリックがこの頃のピンク・フロイドを耳にし(その可能性は否定できない。なにしろ制作現場はヒッピーかぶれの若者が大勢いたのだから)、映画の使用を検討していたとしても、それはカタリーナが言う通り「可能性は十分にある」程度のものでしかありません。それに、実際にオファーがあったという証言が現時点で存在しない以上、結局はそれ以上でも以下でもありません。
結論:以上の通り、キューブリックがピンク・フロイドに『2001年宇宙の旅』の音楽を依頼した事実はなく、現時点で言えることは「可能性のレベル」で、そもそもこの頃キューブリックはピンク・フロイドの存在を認識していたかどうかさえ不明である。
では、なぜこんなソースも何もない話がさも事実であるかのように現在まで伝わっているのでしょうか? 実は「スターゲート・シークエンスと『エコーズ』が〈偶然〉にもシンクロしている」と、「キューブリックが『時計じかけのオレンジ』のサントラに使いたいと『原子心母』の使用許可を求めた」という2つの事案があり、この2つが混同されてしまったからではないかと予想しています。特に『原子心母』の件は日本語版wikiに書かれていないこともあってか(本来なら確定情報であるこちらを記載すべき)、あまり一般には知られておらず、そのことがかえって『2001年…』のソースのない話を信じ込ませる遠因になっているのではないでしょうか。
キューブリックがピンク・フロイドのサントラ起用をオファーしたのは『2001年宇宙の旅』ではなく、『時計じかけのオレンジ』である。この事実がもっと一般に広まれば、こんなソースも何もない単なる未確認情報が安易に拡散されることはなくなると思います。
追記:ただし、この件に関し今後新しいソースが出てくこないとは限りません。その際はまた追記するか、改めて記事にしたいと思います。
▼この記事の執筆に当たり、以下の記事を参考にいたしました。
2001 Italia.it/Investigating the myths around the '2001'-Pink Floyd connection
wikipedia:Atom Heart Mother