source: 映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
西アフリカ・マリ和国のティンブクトゥ。少女トヤは、父、母、そして12歳の羊飼いイッサンとともに慎ましくも幸せな生活を送っていた。だが、ある日、突如イスラム過激派が乱入し街を占拠する。過激派が作り上げた身勝手な法によって、住人は髪や服装をチェックされ、サッカーや歌、笑うことさえも禁じられる。住民たちは恐怖に支配され、抵抗を試みた者には、不条理で残酷な懲罰が下された。トヤの家族にも、ほんの些細な出来事から悲劇が訪れてしまう…。
イスラム過激派に支配された街の住民の日常を少女の目を通して描く「禁じられた歌声」。舞台となるティンブクトゥは世界遺産の街で、泥を支柱にした独特の景観のモスクがある西アフリカ・マリ共和国の古都だ。物語は、この砂漠の蜃気楼のような美しい街が恐怖に侵食されていく様子を、静かに描いていく。アブデラマン・シサコ監督は、2012年にマリで実際に起こった、イスラム過激派による若い事実婚カップルの投石公開処刑事件に触発されたのだそう。この監督の作品を見るのは本作が初めてだが、映画は、社会派といってもいい深いテーマなのに、決して声高に主張することはない。支配する側とされる側の日常を淡々と描いて、世界に充満する不条理を浮き彫りにする作風に圧倒された。何かというと神の名を持ち出して自分たちを正当化するイスラム過激派の理不尽な暴力を、家族、とりわけ幼い少女の目を通して描くことで、物語は普遍的な意味を持つ。これはアフリカの小さな町で起こった他人事ではなく、私たちの世界にいつでも起こりうる悲劇なのだ。自由を奪われた世界で、少女が見た現実とその後の決意の意味は、歌うことや愛することを禁じられても、砂漠の歌声は決して消えないという希望なのだろうか。美しい砂の街ティンブクトゥの威厳あるたたずまいと人間のエゴの対比に心がしめつけられる。
【80点】
(原題「TIMBUKTU」)
(仏・モーリタニア/アブデラマン・シサコ監督/イブラヒム・アメド・アカ・ピノ、アベル・ジャフリ、トゥルゥ・キキ、他)
・禁じられた歌声@ぴあ映画生活